渋谷陽一さん R.I.P.

夕方の土手はマジカル

亡くなった人だから美化するのは、生きている人に失礼だということで、私は、亡くなった人たちを美化しないことにしている。生きていても、死んでいても、自分の評価は、いつも一定に保ちたい。(って、私の評価ってなんだよ?ということもあるけれど)

「ロッキン・オンはお金を出して買ったことはない」と自慢する人もいるけれど、私は3冊くらいはちゃんと買って読んだと思う。

正直そこに書かれている音楽は、私が知らないものばかりでまったく理解できなかったが、田舎の高校生からみたら、音楽を知っているとは頭のいいことなんだという事を「ロッキン・オン」に教えられた、と思う。

それが正しいことかは別として。

っていうか、そもそも田舎で、多くの友人がテレビで流れているものを聞いているという状況下、洋楽を聞いているということが、すでに私の中に小さな選民思想を植え付けていた。クラスで洋楽を聞くものは、1クラスに二人くらいしかいなかった千葉の田舎。

そんな中で、自分は選ばれたものだから、海外の良さを分かっているのだというバカな考えを補完してありあまるのものが「ロッキン・オン」の中にはあった。

ずいぶん時間がたって、音楽業界の片隅で仕事をするようになってから、リアルな渋谷さんにお会いしたことがあった。30年くらい前か。当時友人が経営するPR会社に勤務していた私は、その友人(社長)と一緒に、当時この会社の顧問をしていた音楽評論家さんの紹介で、渋谷さんに会う機会を得た。

場所はNHKのラジオのスタジオだった。でも、その時、そのPR会社がやってた案件にロッキンオンが関係してくるとはとても思えなかったので、挨拶したはいいけど、その後、なんらかのお取引関係が続くことは一切なかった。

でも、その時の渋谷さんはとても感じがよく、ニコニコしてらして、特に会話はなかったのだが、印象はすこぶるよかった。その時いただいた名刺は、今でも私のオフィスのどこかにあると思う。

渋谷さんが、あの地位と比例して威張っていたとか、横柄だったという話は、一度も聞いたことがない。常に感じのいい人だったということは、人の話や自分の印象も含め、軒並み正しいのだろう。それは音楽業界においては、とても稀有なことだ。

とある音楽評論家の大先生はレコード会社の連中を殴ったり、罵倒したりということで有名だったし、若い音楽評論家だって、ちょっと売れると、やたらツンケンしていた洋楽バブル時代。

私もとある女性ライターにリアルに、今思うとかなりひどい態度を取られたことがあった。もっとも、その人がそういった態度を取る相手は私一人じゃなかったし、私は適当に無視していたから、それが彼女をますますイライラさせたかもしれない。

そして、そんな人は、やっぱり力をなくすと、あっという間に消えていった。

周りがチヤホヤするからいけないのだ、というのは、今も昔も一緒だけれど、そんな危うい音楽業界にあって、渋谷さんは、かなりまっとうな方だったんだろうなという印象だ。

というか、まっとうでいるのは、どんなに難しいことか、と思う。私もやっている音楽がワールドでよかった。ワールドミュージックって売れたところでレベルがしれているから(時々へんな形でのヒットはあるけど)。芸能界で成功してたら、すごい性格の悪い女になっていたに違いないのだ。怖い、怖い。

いずれにしても、ロッキン・オンは完全に広告中心で回っている雑誌で、そのことは、当時から誰もがよく理解していた。

いや音楽雑誌って基本そういうことなんだけど、あのアドリブ誌だって、カラーではなく、ざらざらなモノクロ・ページには編集部が読者に伝えたいことを素直に書いていたと思う。

ちなみに私が初めて商業誌に原稿を書かせていただいたのが、そのアドリブだ。

当時仲の良かった編集部の山ちゃんに私がプロモーションしょていたら「自分で書いて持ってきて。XXX文字」とか言って、スペースをいただいたのが最初だった。

そもそも自分が書いたことが印刷されるということにワクワクしていた20代の可愛い私。あの広告と一体と言われたアドリブですら、そういうスペースは存在していた。そして、私はその恩恵に「かなり」預かっていた。

(ちなみにその時に原稿料はもらっていない。今思うとちょっと乗せられた感はあるけれど、でも全然悪く思ってはいない。というのは、自分は山ちゃんに本当にお世話になったから。ちなみにアドリブは原稿料が安いことでも有名だった)

ロッキン・オンには、一度だけメアリー・ブラックのディスク・レビューが、広告もなしに載ったことがある。

もっとも、その内容はかなりトンチンカンなものだったので、それがプロモーションに貢献したとは思わないけれど、明らかにあの当時のメアリーには「一応紹介しておかなければやばいだろ」みたいな空気があった。

当時、特に強くあの編集部に押した記憶はないのだけど、ほんと面白いよね。

(一方でメアリーの息子のバンド「コローナズ」は、レコードをだしたビクターさんが広告を出してくれた。だから2ページのインタビュー記事になった)

今も宣伝の仕事をしていると、本当に思うところは多い。音楽媒体、こんなに読者やリスナー裏切ってどうするんだろう、と思う時がある。そもそも日本なんて音楽雑誌どころか、放送局だって、利益(権利)を振らないと音楽かからないもんね。海外なら独禁法違反だよ、こんなの。

(最近、ネットでは、出る側がお金を出した媒体にはPRとしっかり載るようになった。あれはナイスだし誠意があると思う)

一方でそんな状況下においても、うちの音楽を紹介してくれたりする媒体さんには、本当に頭があがらない。本来なら、お金をたくさん払わないといけない場所に「良い音楽だから」というエクスキューズのもと私は相当甘やかされている。

まぁ、私もお世話になっている音楽誌さんに甘えてはいけないと思っているよ。常日頃。それでも私には「自分がプロモーションしている音楽はこんなに素晴らしいのだから、広告を支払わなくても全メディアこの音楽に注目すべき」という妙な自負がある。バカだよねぇ。

まったくもっておめでたい私。それを子供と呼ぶのならば、私はずっと大人の世界が理解できない子供なのである。それでいいと、開き直ってみる。そうして、そういうふてぶてしい態度のまま、私は音楽業界でのキャリアを終えるのであった(笑)

しかし渋谷さんの死で、あらためて認識したことがある。人は、なぜか音楽の出会いを作ってくれた人に感謝するということを。だから多くの読者が、広告に騙されていたとしても、渋谷さんに感謝している。

もっとも渋谷さんが自分自身で評論の現場にいた期間は、おそらくあまり長くはなかったのではないか。私が知る最後の渋谷さんは、ロッキンオンのブログに日経新聞の記事を写メして掲載し、そこに短いコメントをつけるというものだった。

あれは窓際親父みたいでカッコ悪いから、やめた方がいいと言ってあげるスタッフはいなかったのだろうか。いや、言えないよな。言えない。その社内での感じもわかる。

どうなんだろう、NHKのFMはずっとやっていらしたようだから、あっちを聞いていれば、また印象は違ったかもしれない。

それにしても「出会い」だよね。アーティスト側もそうだよ。あの小山田さんの騒動の時の、ロッキン・オンの態度には、まったくもって呆れた。でもアーティスト側だって、渋谷さんに感謝している人は多い。

あの界隈のアーティストの人たちはロングインタビューをやってもらって、自分の言いたいことを読者に伝えられた、と感じていたんだろう。アーティストと編集・ライターが仲良し。そして、その編集者・ライターたちが責任を持って広告を引っ張ってくるのというのが、ロッキンオンのスタイルだった。

レコード会社は完全に蚊帳の外。そのくせ、お金が必要になれば、真っ先に声がかかる。仲良し彼らのお財布状態。「またかよ…」と思いつつも、宣伝費を捻出。それもふくめてすべて了解済みの世界なんだろう。すべてがゲームだし、プレイなのだ。プレイ。

先日もとある人と話題になったのは、メジャーレーベルとの仕事はすべて「プレイ」そしてインディーズの仕事は「リアル」ということだ。私にはいつだってインディーズの仕事の方が似合っている。

でも人は、出会いを作ってくれた人に感謝する。面白い現象だ。私もそうやって、他の人が紹介しないであろう、奇妙な音楽を紹介していたら、人になぜだか感謝されてきた。

一方で、私のことが嫌いな人は、自分がその音楽のことは「野崎さんを通じて知りました」というのを絶対に認めようとしない。そういう人たちは野崎さんが紹介する前から、その音楽のことをよく知ってました、と言う。これも面白い現象だ。

でも、そんなことどうだっていい。それもすべて「プレイ」だから。知ってんだったなら、お前がやれば良かったじゃん、と私は思う。言うことなんざ、誰にでもできる。大事なのは自分が起点になった実績があるか、ないか…なんじゃないの?

なんか取り止めなくなってしまった。まぁ、なんか洋楽の世界の一部がまた終わった感がある。ビリー・アイリッシュの公演にだった日本の前座が入る時代。洋楽界隈は、数年前に起こったクイーン現象みたいな、どっかから降ってくるボーナスを待つしかないんだろう。

でも、それでいいのだ。ほんと音楽って、何がどうなるのか、まったくわからない。音楽そのものの前にすべては小さい。作った本人だって小さいんだもの、周辺の人間なんて、ますます吹けば飛ぶような存在なのだ。

それにしても先日試写でみたレッド・ツェッペリンのドキュメンタリー映画はかっこよかった。渋谷さんは見れたんだろうか? 感想をどこかに発表してほしかったし(というか、どっかに出てる?)、おそらくあのドキュメンタリーは続きもこれから出てくるんだろうから、それを見てほしかったよなぁ、と思う。R.I.P,


◎野崎は、現在作曲家:日向敏文さんのマネジメントおよび宣伝をお手伝いしております。
6月25日に新作「the Dark Night Rhapsodies」がリリース。こちらが特設ページ(Sony Music Labels)。アナログ盤と、ピアノ小品集の楽譜は日向さんのサイトで通販中



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