ドロレスといえば、デ・ダナンの初代女性シンガーということになっているが、2代目であるメアリー・ブラックとは本当に心からの親友だったようだ。二人は大の仲良し。一緒にアメリカツアーをしたこともある。
本当に随分前だったけど、メアリーが来日時にポストカードを何枚か書き、「これ出しておいて」と私に手渡したのだけど、その5枚くらいのポストカードの中にドロレスへの1枚もあったことをよく覚えている。本当に仲が良かったんだよね。
特に名盤『ボールルーム』!! ガッデム! ちっ。ヴァンの『IRISH HEART BEAT』もそうだけど、ほんとなんとかしてくれ!…と思ったら、そっちはヴァンがあげていた。良かった。もうこのCD捨てていいかな… 配信ってほんと考えちゃう。
あとナンシー・グリフィスが、本当にドロレスのことを称賛していて、ドロレスをプロモーションする時には、よく彼女の言葉を使わせてもらってた。ナンシーはアイルランド大好きで、確かゴールウェイに家を持っていたことがあると思う。
「As long as Dolores Keane is walking around this earth, I won't call myself a singer. I think she's the voice of Ireland」ドロレスが地球上にいる限り、私は自分をシンガーとは呼べない」「彼女こそがアイルランドの歌声だ」というやつ。
他にもナンシ様がドロレスのことを褒めているクォーとはたくさんある。ぜひググってみて。
下記のトラックは、ナンシ様ではなく、エミルー・ハリスとドロレスのデュエットなんだけど、大好きな曲なので、貼り付けておく。いい曲だ!!
そういや、いつだったかナンシ様のライブ映像をDVDだかで見ていたら、ドロレスがゲストで出てきたことがあって…
その当時のドロレスは、声が絶不調中の絶不調。ほとんど声が出てなかった。歌いながらも、結構声が途絶えていたんだけど、そしたら途中からナンシーが(いったんドロレスをフィーチャーしようと自分は引っ込んだのに、また登場して)ドロレスを後ろから抱きしめるようにして1本のマイクで一緒に歌ったんだよね。
あの映像が忘れられない。あれ、どこかで見れないかなぁ。私もDVD絶対に持ってたんだけどなぁ。
ドロレスと初めて会ったのは、ダブリンだった。当時、よく記憶にないのだけれど私はまだキングレコード勤務で、せっかくアイルランドに行くのだからと事前に連絡を入れておいたら、彼女とマネジメントでパートナーのバザーがあってくれるということになったのだ。
そのくらいアイルランドに行くことは自分にとって「特別」だった。今でこそ、何気なく行けるようになったけど。当時は海外に行く=これで最後かも…というのは、常にあったと思う。
今もあるブルームズホテルのバーで(当時のダブリンで一番まともなホテルはあそこくらいだった)スツールに腰掛けて、何を話したんだか覚えていないのだけど、日本のレコード会社から人が来た、とチヤホヤされて、私も相当勘違いしていたに違いない。
確か当時ドロレスが出演していた劇「Hostage」を観に行ったのはなんとなく覚えているんだよな。あれは会場はどこだったんだろう。
そしてそのドロレスがいよいよ日本に来た時、私はどういう立場だったのか、実はよく思い出せない。ただ前年にメアリーを一緒にやったとかで、プランクトンの皆さんとはもう一緒に仕事をしている立場だったらしい。
私自身は、でも、まだ友人が経営していたPR会社に勤めていたのだろうか。
いつだったか古い写真を整理していたら、キングレコードの頼れるA&Rマン:ナベちゃんと私とドロレスとドロレスのパートナー(バザー)が一緒に渋谷のホテルの噴水の前で写っている写真を見つけたことがある。
ということは、ナベちゃんにCDを出してもらっていたんだろう。おそらく「ケルトのおせっかいおばさん」の自分としては、来日するのにCDが出ていなかったら申し訳ないからと自主的に動いたに違いない(自分のこういうこと、ほんとに好き。若いころの私、偉かったよなぁ。今じゃそういう面倒くさいことはやらない)。
結局日本に来日したのも一度だけだったけど、原宿の小屋はいっぱいになった。あの時、私は初めて山口洋さんともお会いしたと思う。当時ちゃんとお話できてたかもあやしいもんだけど。山口さんは控えめで(今もそうだけど)ドロレスバンドを支えるようにギターで参加していた。
他にもアイルランド大使館に、ライターの茂木健さんらと食事に招かれ、そこで出たばかりのスタジオヴォイスのケルト文化特集号(松山晋也編集長の力作)を広げて、ドロレスたちと眺めていたら
「ドロレスのCDレビューを他の数ある名盤をよけて、一番トップに書いたんだよ」と茂木さんが説明し、それを受けてドロレスが「それが友達ってもんでしょ」と言って、That's what friends are for〜とバカラックの名曲のフレーズを歌ったのを、なんとなく覚えている。
そういうくだらないことを覚えているんだ、若いころって(笑)
来日したドロレスは、すでに声の調子が良いわけではなかった。でもすごく楽しくて、ユーモアに溢れていて、楽しい人だった。
その後私はTHE MUSIC PLANTをスタートさせた。それが90年代の後半だったんだけど、かなり初期の段階でドロレスのベスト盤がアイルランドで出たんだよね。RUCD007番くらいだったかと思う。(もう記録もなし)
基本THE MUSIC PLANTのスタートは、メアリーの会社が出すCDを輸入するというのが最大ミッションだったから、それはもうあまり考えずアイルランドでのリリースと同時に有無を言わずに出したんだけど、かなりの数売れた。
ウチの初期のヒット作となった。多分3,000枚とか、5,000枚とか売ったと思う。今じゃ考えられない数字だけど。だからドロレスはウチのカタログを支えてくれる重要アーティストだった。ずっと。
でも、最初のキング時代のミーティング以来、ずっと本人に会うことはなく、ドロレスも一線を退いていたし…
その後、最後に会ったのは、実はヨーロッパのフェスティバルだった。北欧とか、その辺だったと思う。デンマークとかだったかな…
メアリーがヘッドライナーで、私はメアリーチームと一緒に行動していた。当日のメインビルであるメアリーのステージが終わり、楽屋でまったりしていた。楽屋といってもグリーンルームみたいなエリアで、人がたくさんいた。
メアリーはすっかり疲れた様子で「〜〜取って」みたいにソファーにぐったり座っていたのだけれど、そこにドロレスが入ってきたのだ。
ドロレスは結構よっぱらっていて、荒れているわけじゃなかったけれど、結構大騒ぎをしながら楽屋に入ってきた。それをみんな、ぎょっとして割と遠巻きに見ていた。
私もちょっとびびってしまいとても声がかけられなかった。普段なら知っているアーティストなら物おじせず「日本のヨーコだよ、覚えている?」とか声をかけるだけど、なんか知らんぷりをしてしまった。
メアリーは、ドロレスが入ってくるまでぐったりしていたのに、急にしゃきっと立ち上がって、ドロレスを抱きしめ、ソファに座らせると、あったかい飲み物を勧めていた。
その時、メアリーはすごいな、素晴らしいな。それに引き換え、私ったら、全然ダメだなと激しく反省したのを、今でもすごく覚えている。
ドロレスの人生を考えてみる。彼女にはトラベラーの血が流れているのでは、といった人がいたが、そうなのかもしれない。その歌声はちょっと想像を超えたところに存在していた。
彼女は天才少女!!と発見され、持ち上げられ、一度はすごい栄光を掴んだ。これとか非常に有名な映像。
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でも結婚がうまくいかず、アルコールで声をダメにし… 大変な人生を歩んできたわけだけど、でも常に彼女と一緒にあったのは音楽と、そして抜群のユーモアセンスだったと思う。
自分の抱えているパーソナルな問題、アルコールやメンタルの問題、離婚や障害のある子供がいることなど、そして最近では乳がんになったことなどもオープンにパブリックで話し、同じ苦労を抱える人たちを勇気づけてきた。
まさにアイルランドそのものといった大きな人だったのだろうと思う。
テレビに出てトレードマークの長かった髪をバッサリと短くし、ガンは克服した、と話していたのを見たのはそれほど前ではなかったと思うのだけど… 今回早すぎる死は、その再発とかだったのかな、と思う。
ハープのシーレがドロレスの素敵な動画(おそらくプライベート)をシェアしてたんだけど、それを聞くと、晩年はかなり声を取り戻していたようで、本当に残念だ。
ちなみにこちらは歌っている中でも最新の映像だと思うけど、相当慎重だけれど声はなんとなく出ている。バックのミュージシャンが上手にささえている。ちょっと見るのが辛い映像かもだけど、ぜひ。
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ドロレスの映像探してたら、こんな素敵なものも見つけちゃった。 震えるわ…
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でも私が一番好きなのはこれなのよ… しつこくてすみません。アンディのドライブするブズーキ!! 時々入る合いの手バルカンフレーズがいかしてる。
そしてリアム!! リアムかっこよすぎでしょ!!! これ伝統音楽のフレーズ? 違うよね、エレキギターのフレーズだよね!!? かっこよすぎない? ひっくりかえったり、このインテリ具合がたまらない。やっぱり私はボシーよりもプランクシティが好き。断然好き!!
そして何よりもドロレスの動じないヴォーカルがすごすぎる。音楽の中心にどっしり存在している。すごいよ。私はこういうのが好きなんです!!! こういうのが!
アイルランドだから全部好きだというわけではないんだよ、わかる???!
ビル・ウィーラン(リヴァーダンスの作曲者)が地味に後ろでキーボード弾いてるのも、笑える。
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そうそう、このアルバムも好きだったな。ドーナルの傑作の前に霞みがちだけど、こちらはスコットランドのフィル・カニンガム先生作。「Heart Like A Wheel」とか、「Mouth Music」とか。良い曲が多い。まぁ、プロダクションはドーナルの方がすごいけど。
あと、なによりこのアルバムからは「Caledonia」が大ヒットしたのだから。