やばい、やばすぎるだろー 2

マーティンとデニスの音楽を「流麗」とか「美しい」とか表現されるとイラッとする。

松山晋也さんがいつだったかマガジンのCD評で「官能的」と書いてくれたのがあって、これはぴったりな表現だなーと思った。

手前ミソだが、私が書いたCD「The Lonesome Touch」の曲解説をぜひ読んでほしい。これって音楽に対する表現じゃないかもしれない。実は…ちょっとセックスみたい?と、自分で書いていて思った。そういう音楽なのだわ…これは。

マーティンのファンは熱狂的な人が多い。実はアイルランドの放送局にすごいファンの女性がいて、その人は実際、ちょっと頭がおかしくなってしまった、という話を聞いた事がある。なんとなく分かる。これは普通の音楽ではない。これは悪魔の音楽なのかもしれない… 人間の魂の奥の方をゆさぶる悪魔の音楽。

とか書くと誤解されそうなので断っておくが、素顔のマーティンは本当に素敵で優しくて、穏やかでツアーはいつも本当に楽しい。そんな彼のどこにこんな狂気が眠っているのか、まったく分からない。というか狂気はすべて音楽で飛ばしているから、あんなに穏やかでいられるのかも。そこがすごいし、かっこいいと思う。

今回のコンセプトは「和」。東京ではこれだけの人数が収容できるお寺さんがないので(というか、あるのかもしれないが、私にはコネクションがないので)、尺八の田辺冽山さんにオープニングを飾ってもらうことにした。田辺さんの尺八のソロの後に聞くアイリッシュミュージックってどんなだろう。

これこそケルトなんだと思う。そもそも日本人の考え方とケルトはとても相性がいい。自然崇拝とか、あらゆる場所にやどるたくさんの神様とか、循環する世界観とか。2つの異なる音楽が見せる、ここにはないまた別の世界。いったいどんななんだろう。

私たちがよく「おケルト」と呼ぶ「●ルティック・ウーマン」とか「●ンヤ」とか、商業主義に磨かれたツルッツルの音楽とはまったく違う、本当に魂の部分で共鳴する音楽。これがホントのケルト音楽なのだ。

ライヴはCDの100倍すごいですよ。明日の夜深夜、発売スタート。「Live in Seattle」から驚異の27分。



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