2019年6月2日日曜日

短期集中連載「ワールド・オブ・マズルカ・フェスティバルをたずねて」 ヤヌシュ・プルシノフスキが牽引する農村マズルカ・リバイバル 3

このシリーズの第1回はこちらで読めます。
このシリーズの第2回はこちらで読めます。 

2008年、ヤヌシュは仲間とトリオを結成し「Mazuruki」(マズルカという意味)というアルバム をリリースし、この農村マズルカをCDに再現した。現在までに「Serce (Heart)」(2010年)、「Po kolana w neighie (Knee-Deep in Heaven)」(2013年)という3枚のアルバムをリリースしたが,どの作品にもヤヌシュのバンドだけではなく、農村マズルカの名手たちが、誇らし気に紹介されている。

 2009年から始まったこの「マズルカ・オブ・ザ・ワールド・フェスティバル」も困難な道の連続だった。第1回目の時は印刷物の費用が国から出る保障がなく、ヤヌシュは自らが大赤字をかぶる覚悟を持って強行したのだそうだ。また初回にはたった200人しかいなかったお客さんは、現在は土曜日のダンス・コンサートに千人以上のお客を集めるにいたっている。アンジェイによれば、当初、お客さんたちはマズルカをどう踊っていいのかも分からず、ただ音楽のパワーに圧倒されながらピョンピョン飛び跳ねているだけだったという。それが今や多くの都会の若者たちが、フォークダンスを習得し、農村から招待された音楽家たちにあわせて、みんなクルクルとペアになって踊る。ここまでマズルカは復活したのだ。アンジェイは強調する。「残念ながら農村には、こういった音楽を演奏する若者はいなくなってしまった。だが都会のミュージシャンたちがこれを引き継いでくれている」と。

 ヤヌシュの活動は国内だけには留まらない。昨年ポーランドの農村マズルカと北欧伝統音楽のポルスカの関連性を追求したコンサートをスウェーデンのミュージシャンと行ない、そのドキュメンタリー・フィルムとCD「Polska – dance paths」も制作している。他にもクラシックのピアニストと組みショパンのルーツを探るコンサートを制作するなど、農村マズルカを世界に広めるため、彼の企画は留まるところを知らない。2014年には今までの功績が認められ文化庁から文化勲章のブロンズ・メダルを国から授与された。ちなみに同年の受章でシルバー・メダルを受けとったのはアンジェイだ。2016年には、ついに国営テレビが伝統音楽のドキュメンタリー(10回シリーズ)の制作を実現させ、ヤヌシュはその番組でホスト役をつとめた。

今やポーランドの伝統音楽は国内の一般の人たちにまで浸透してきている。また2017年春現在、ワルシャワの伝統音楽ミュージシャンたちを集めた映画も制作されているそうで、その完成が待たれている。(2018年5月現在映画は完成しいくつかの映画祭で上映された。日本でも2019年のヤヌシュの来日時に上映される予定だ) 世界の伝統音楽を演奏するプレイヤーたちの目から眺めてみれば、ポーランドのこの状況に惹かれる理由は非常に良く理解できる。例えば現在アイルランドで活躍するアルタンや、北欧のヴェーセンのメンバーは、伝統音楽の生き字引みたいな農村の巨匠たちから直接伝統音楽を習っていた。今、若いプレイヤーたちが、これらの巨匠(ジョン・ドハティや、カート・タルロート、エリック・サンドストロムなど)に音楽を習おうとしても、すでに巨匠たちは鬼籍に入り不可能な話だ。だが、ここポーランドでは、まだこういった巨匠たちから直接音楽を習うチャンスがあるのだ。といっても、みんな80〜90歳とかなりの高齢なのだが。これの最後のチャンスとばかり伝統音楽を演奏する若者たちが北欧やアイルランド、イングランドなどからも、ワルシャワの近郊の農村に押し寄せているのだ。(再び記述しておくが、オリジナルに当たることは彼らにとって非常に重要な事なのだ) ここでヤヌシュのバンドの音楽を少し説明しておこう。まず誤解を承知ではっきり言ってしまうが、彼らの音楽は相当「ジャズ」である、と私は感じた。英国の信頼できるジャーナリストで同じことを言っていた人もいるので、おそらくこの見方は大きく間違ってはいない。とはいえ、おそらく彼らにその自覚はないと思うし、それを伝えたら怒られそうな気もしているが…。もとになっている農村マズルカが相当プリミティブなだけに、彼らはそこに演奏家として無限の広がりを感じたのではあるまいかと私は想像する。マズルカはインプロビゼーションが閉める割合が非常に多い。



反復するメロディの中に、時々ガツンと大きく足を踏みならすストンプ(足踏み)が入るのだが、これが非常に効果的な役割を果たし、加えてハラール・ハウゴーも指摘していたことだが、ヤヌシュ自身がとにかく非常に魅力的なプレイヤーだということもあげられる。上手いプレイヤーというわけではないのだが、時々彼が絶妙なタイミングで音楽にあわせて髪を揺らすと、もうそれだけで会場の熱気は最高にヒートアップするのだった。 バンドの編成もとてもユニークだ。ヤヌシュはフィドル、アコーディオン、小型のツインバロンを演奏するのだが、アコーディオンを弾く時は、ベース奏者は一緒に演奏しないというのが原則らしい。アコーディオンはそれ単体で低音まで完成された楽器だからなのかも?(このへんは本人とは未確認)。なので、その間、ベース奏者は何をしているかというと会場を回ってダンスの指導をしている…というわけだ。彼らはダンスの先生として超一流で、ダンスを教えることを自分の最大のミッションと考えている。ヤヌシュのアコーディオンはユニークで、3段のキーボードがあるように見受けられるが、ヤヌシュによれば黒鍵に見える部分はまったく音が出ない単なる飾りだそう。アコーディオンはヤヌシュが子供のころからやっていた最初の楽器で、フィドルを始めたのはなんと20歳すぎてからだという。もっとも私は圧倒的にフィドルの方がヤヌシュに似合っていてかっこいいと思う。他にも彼は小型のツインバロンも弾くし、歌も歌う。 あと楽器として目を引くのがベース。見た目は完全にチェロなのだが、彼らはベースとその楽器を呼ぶ。音程はなく通奏低音として演奏され、その奏法はクラシックのチェロやベースとまるで異なる。パーカッションも見た目、骨董品的でとてもユニーク。名前はBarabanというらしい。 ミュージシャンとして面白いのは、どちらかというとステージ下手、笛とトランペットの2人で、特にフルートや古い骨董品のような笛を演奏するミハウは、相当ユニークなプレイヤーと見受けられる。またトランペットのシュチェパンは他の多くの人気ジャズ・バンドでも活躍する人気プレイヤーで、彼の音が入るとちょっとしたバルカン風の空気が音楽に吹き込まれるのが、とてもユニークだ。パーカッションのピョトル・ズゴジェルスキが楽器フェアの主宰をしているところから、ステージ上、ヤヌシュとピョトルの二人がバンドの頭脳、左2人がバンドの体力みたいなとらえ方をしても面白いかもしれない。 そしてなんといってもそのアンサンブルがめちゃくちゃ固まっている。私は20年以上、この類いの音楽をプロモーションしてきた、私は伝統音楽におけるギターと打楽器などバックアップする楽器が下半身、それにメロディ楽器が乗っかて走る、というバンドのありがちなパターンにはもう飽き飽きした!! 伝統楽器において、リズムは、スイングは、グルーヴは、実はギターやパーッカションなどのリズム楽器からではなく、メロディ楽器から出てこないといけないのだ。そしてそれが出来るバンドは実は非常に少ない。たとえ主旋律を弾くメロディ奏者に実力があったとしても、バックアップする連中が、それをすべて台無しにしてしまう。しかし、ヤヌシュのバンドは、自由自在にリズムを操るヤヌシュ中心のアンサンブルが完全に出来上がっている。他のメンバーは演奏中、ヤヌシュの醸し出すリズムから一瞬たりとも離れない。ヤヌシュも他のメンバーから絶対に目を離さない。こういう、こういう鉄壁のアンサンブルとメンバー間での化学反応が、今の伝統音楽に求められているのだと思う。とにかくそこが最高にかっこいい。もう下手なポップスみたいな構造の伝統音楽バンドは聞き飽きた! …ちょっと興奮しすぎた(笑)。しかし強調したいのは、現在のこの盛り上がりは1つのバンドの成功の物語ではない、ということだ。これはたくさんの「本物の音楽を探し求めていた愛好家たち」による、真のフォーク・リバイバルだということ。そんな希有な本物の音楽シーンが、まだワルシャワに存在しているところだ。

話をワールド・オブ・マズルカ・フェスティバルに戻す。なんと狂乱のダンス・コンサートは予定終了時間の朝5時をとっくに経過し、朝8時まで続いた。間違いなくヘトヘトに違いないヤヌシュは、それでも自ら車を運転して私とBBCから取材に来たローパを農村マズルカの現場へと連れていってくれた。


まず連れていかれたのが伝説の農村楽師ガカ兄弟のお墓。2013年になくなったフィドル奏者の兄弟だ。なんというか墓参りから始めるところがまさに聖地巡礼の気運を高めてくれるではないか。(そしてポーランドは本当にカトリック色が強い国だと思った。こんな色鮮やかなお墓は見たことがない) 農家での伝統的な夕食(ジュレクというポーランドのゆで卵入りのスープ)の後、セッションはそのまま台所で始まった。私たちを案内しながらも、ヤヌシュは必死で自分のiPhoneで曲を録音。農村の音楽家たちは容赦なくヤヌシュに「そうじゃなくて…」と指示を飛ばす。ヤヌシュもメロディを追うのに必死だ。まさにここは伝統音楽の現場。まるで禅問答のようなマズルカの応酬は何十分とノンストップで続くのだった。 それにしても、なぜこんな人里離れた田舎に、こんなすごい音楽が? 月並みな話だが、ちょっとブエナ・ビスタ的感動が自分の中に押し寄せる。ジョン・ドハティが、アルタンのメンバーに伝統音楽を教えた時、きっとこんな風だったに違いない。それを思うと、ある意味、アイルランドや北欧で失われてしまった大切な何かが、今、ここにまだ存在している事の素晴らしさをたまらなく感じるのであった。70年代、80年代と同じことが今、ここで起きている。まるで映画みたいだな…と私は思った。でもこれが、まだポーランドでは現実なのだ。もちろんあと何年続くか分からない現実なのだけど。

野崎洋子(THE MUSIC PLANT)

*ポーランド人の名前の表記については音楽ライターのオラシオさんにお世話になりました。ありがとうございます。 




<ヤヌシュ・プルシノフスキ・コンパニャ来日公演>
6月8日(土)武蔵野文化会館小ホール SOLD OUT
6月9日(日)北とぴあポーランド&ショパン祭 with 高橋多佳子(当日精算受付中)
6月11日(火)名古屋 宗次ホール
6月12日(水)安来 アルテピア
6月13日(木)神戸 100BANホール
すべてのインフォはこちら。

【アクセス上位】