何がすごいって、トラボルタのものすごい演技にただただ圧倒されました。ストーリーは、まぁ、ちょっとしたボタンのかけ違いで(サインしてもらえなかった)、ファンが狂信化していくありがちな流れではあるのだけど、いやー すごい迫力だった。
それにしてもムースに憧れられる俳優さんは、映画とはいえ、ちょっと横暴すぎるかなぁ。サインを断るにしても、もう少し言いようがあっただろうし、ファンへの対応もちょっと無防備すぎる。ムースのことを気味悪がりながらもプロフェッショナルな誰かに相談したりしないところなどストーリーに若干の違和感を感じさせるのだが、そこまで書き出すとだらだら長い映画になっちゃうか? いや、それを…というか、とにかくすべてを吹っ飛ばすのが、トラボルタの迫真の演技だ。もう歩き方から、身体の揺らし方、視線の送り方、人と絶対に視線を合わせないところとか、もうすべてが…何かにとりつかれたような演技で、とにかく引き込まれるのだった。あ、そうそう、変な柄のシャツや、リュックというのもありがちな設定。あぁ、いるいる、こういう人っと言う感じだ。あまりにステレオタイプな感じなので、ちょっと偏見を呼んでしまわないか心配になるが、そこは不思議なもので、やっぱり不器用なムースに視聴者としては惹かれる部分があるのか、絶妙なバランスの上になりたっているとは言えよう。
トラボルタ演じるムースは、ロサンゼルスの観光客相手にストリート・パフォーマンスをし日銭を稼ぐ貧乏な俳優。そして憧れの俳優ハンター・ダンバーに会うべく日々努力を重ねるが、なかなか出会うことができない。やっと彼の本のイベントでサインの列に並ぶも、元妻から呼び出された彼は無情にもサイン会を中断してしまう。ムースをとりまく狂気の街、ロサンゼルスを体現する人びと。そう、ロサンゼルスの狂気だ。ムースに高額商品を売りつけるオタクショップの親父、ストリートでスリを働きながらパフォーマンスする意地悪な悪党たち、ムースを心配するカメラマンの女性、そして同情を寄せる黒人男性… それにしても血塗れになって道を歩くムースにさえも「コスプレだろ」とまったく人々は心配をしない。みんな、狂ってる。
気味が悪いと感じながらも、ムースが主役なので、観ている方としてはハラハラしながらもなんとなくムースに同情しながら映画を見てしまう。彼の子供のころの寂しい生い立ちなども少ないながらも描かれ、繊細無心の動きもトラボルタの熱演で十分に伝わってくる。
ストーカー事件って、ほんとストーカーが「起こす」ものではなくちょっとしたきっかけで「自然に起きてしまう」ものなのだ、と改めて思った。世の中の犯罪のほとんどがそうなんだろうと思う。犯罪の一線を超えるか超えないか。狂気の世界とこっち側は、本当に薄皮一枚でつながっている。ムースの「唯一の親友」であるカメラマンの女の子の存在が、ちょっとホッとさせるのだが…いや、でもほんとにみんな狂ってるよ。
90分ほどの尺なので、あっという間に終わってしまうのも良い。
トラボルタとこの監督さんはプロデューサーとしても名前がクレジットされているようで、おそらく二人が意気投合してこの映画の企画を立ち上げたんだろうなと想像できる。『サタデー・ナイト・フィーバー』以来、いわゆる明るいキャラで売ってきたトラボルタだけど、自分にはこんな演技もできるんだってのを、作品に残したかった意図があるのかも。これだけの演技して、普通に生活なんてできるのだろうかとちょっと心配になる。映画のキャラクターが抜けなくて困ったという俳優さんたちの話はよく聞くが、本当にこれはすごい。これは彼にとっては本当にやりがいのある仕事だったと思うし、本作はこれからまだまだ映画を作るであろう彼の代表作となっていくのだろう。本当にすごい。
9月4日より全国でロードショー。同じ試写を見たユキさんのブログが興味深いので、ぜひ読んでみてください。監督さんはリンプ・ビズキットというロックバンドのリーダーさんだそうで、ユキさんの撮影秘話が聞けるよ。ユキさんのいうとおり、トラボルタも監督さんも自分の経験を脚本に入れた…かもしれない。
9月4日より全国の映画館でロードショー。詳細はこちら。