面白かった。先日見た「世界で一番美しい少年」とは全然違うタイプのドキュメンタリー。ダヴィンチの最後の作品といわれる「サルバトール・ムンディ」の話。「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」
ダ・ヴィンチ(〜1519没)が、1500年ごろフランスのルイ12世のために描き、1600年代からイングランド王室のコレクション目録に記載されていたという。「サルバトール・ムンディ」はその存在は確認できるものの実物がどこにあるのかわからない謎に包まれた作品なのだ。
ちょっとこのドキュメンタリー、テレビっぽいかも?? でも必要以外のことも感情に訴えるでもなくドライなところがいい。妙に撮影のアングルにこだわりがないのがいい。ドキュメンタリーはこうでなくっちゃ、という感じ。なんかお金もそれほどかかっていなさそう(笑)
いやーーそれにしても悪い奴ってこうやって妙に元気なんだよね。特にイヴ・ブーヴィエというスイス生まれの美術商。見るからに悪い奴。ロシアの新興財閥の美術顧問を勤めている「人が死ぬわけじゃない」と笑ってみせる。
彼が金に糸目をつけないクライアントに付け込み(彼は止めたとアドバイスしたんだよ、と主張しているが)この作品の金額を8,000万ドルへと引き上げた。
絵はフリーポートからフリーポートへ、世紀の作品は人に鑑賞されることなく税金を逃れて渡り歩く。今やアートの方が投資先としては最高の税金対策にもなるのだ。
クリスティー vs サザビーズ、ナショナル・ギャラリー vs ルーブル、英国 vs フランス。新興国の得体が知れない連中はお金を湯水のごとく使いまくる。
頭が良いながらも、なんか取りっぱぐれるアメリカ人がイノセントに見えてくる。そして2030、世界のトップに立つことを狙うオイル・マネー。
とにかく、ありとあらゆる人たちの思惑がそれぞれ見え隠れ。最後の最後に出てきたフランスの毅然とした態度は妙にかっこよすぎないか…と思ったら、フランス制作のドキュメンタリーだった。
いつだったか美術展をめぐるあれこれを書いた本『美術展の不都合な真実』を読んでめちゃくちゃ面白いと思ったのだけど、まぁ、美術展のあれこれもこちらと比べたら、可愛いもんで、とにかくまったく桁が違う。アートの世界は闇だ。
自分が好きだと思う以上のことはしないほうがいい。それにつきる。
それにしてもこの「サルバトール・ムンディ」の謎の微笑み。昔から人間って馬鹿だよねぇ…と鑑賞する人たちを笑っているようでもある。というか、昔むかし、その昔、ダヴィンチおよび彼の工房は未来に起こるすべてを予測して、こういう絵を残したのかも?
そうそう「サルバトール・ムンディ」はダ・ヴィンチの真作なのか? 私は工房作に一票…かな。というか、それはたぶん疑う余地はないでしょう。
でも微妙に古典美術ではなく現代アートのオークションに出展し、危ない橋を渡った(かもしれない)サザビーズは手数料でボロ儲け。
その後、この作品は公の場に姿を見せていない。ある意味、人間の欲望をながめてきたこの「救世主=サルバトール・ムンディ)が、人の目に触れることがないというのはもったいない気がする。私も一度この絵の実物を見てみたい。
きっと私の心の中の汚い部分とか、人間として未熟な部分とか、全部バレてしまうんだろうな。悪党どものことをわたしは笑えない。
美術手帖さん提供のこの山田五郎先生の動画がこの映画のエッセンスをよく伝えている。