ふむ。これが決定版という感じか。結局のところパラパラと比較して読んだ感じでは、やはりこれが一番読みやすいように思う。2007年の3月に出たもの。私が手に入れたのは第3刷で、2020年の印刷。
なので、これから買う方はジャケ買いの集英社、もしくは古典の岩波ではなく、この光文社版をお薦めする。
他の3冊と比較した場所をこちらにご紹介していきますね…
なぜなら美というのは、パイドロスよ、ただ美だけが、愛に値すると同時に目に見えるものなのだ。ここをよく注意してくれよ、美は精神なものの一つの形式だが、ただ一つ美だけが、私たちが感覚で受け取り、感覚で耐えることのできるものなのだ。
数分が過ぎて、椅子に座ったまま横様に崩れている男を助けようと人が駆けつけた。男は部屋に運ばれた。そしてまだその日のうちに彼の訃報に接した世界は、衝撃を受け、尊敬の念を新たにした。(訳:岸 美光)
しかし英語でいうところの「divine and visible at the same time」を「愛に値すると同時に目に見えるもの」としちゃうのがすごい。他の三人の翻訳者は「神様のもの」としているんだけど。
訳者の方による「あとがき」もいい。ヴィスコンティの映画には触れられておらず、そこがいい。タイトルも『ヴェネツィアに死す』としているのもいい。
文句があるとすれば、この小説、文庫本一冊にするには短すぎるのだ。で、この文庫は行ピッチが大きく取ってある。それが読みやすいようでいて、妙に落ち着かない…くらいかな。
巻末にトーマス・マンの年表がついていて、その解説には映画のことも書かれているのだけど、あの映画から100年。今やこういった危ういものに惹かれる感じも普通のことになった。すごいな、人類!! 進化している(と思いたい)。
ちなみにこの新訳シリーズ。特設ホームページがここにあるので、昔読んで挫折した名著とかあれば、探して読んでみるのも一興かと。
ざっと見たら、土屋先生訳のヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』を発見! これもチェックしなくちゃいけないかも。前に読んだ時はわけがわからなかったけど、映画『HOURS』は大好き。感想も何度かブログに書いてる。これとか。これとか。だから絶対に好きなはずなんだ。
…と、これでマイ「ヴェニスに死す」ブームも終わりかと思ったら… もう一つ別ヴァージョン見つけちゃったよ。野島正城さん訳。講談社編。私が手にいれたものは昭和46年(1971年)版。古い…
しかも新しいものがなく中古で買ったら、前の持ち主が鉛筆で線を引いている部分もあり、ちょっとグッとくる(笑)
なぜかといえば、プァイドロスよ、ただ美だけが、愛するに値すると同時に、目に見えるものなのだからね。よくおぼえておくのだよ。美は、われわれが感覚的にうけいれ、感覚的に耐えうる、ただひとつの精神的なものの形態なのだ。
椅子のなかで横むきに倒れふした男を助けようとして、人々が駆けつけたのは、それから数分後のことであった。彼は自分の部屋に運ばれた。そして、すでにその日のうちに彼の死の報知に接して、ひとつの世界が、尊敬のこもった衝撃を受けたのであった。(訳:野島正城)
まぁ、わかりやすいのは光文社版の方なんだけど、野島先生のマンの生涯を紹介した解説が長くとても素晴らしい。
「ヴェニスの死す」についてとても丁寧な解説を加えていて「完成した芸術家アッシェンバッハにとっては、問題はすでに芸術そのもの、芸術に占める美の働き、さらに、美のなかに溺れていく人間の心情なのである」と書かれている。巻末には丁寧な年表もついている。
ちなみにアンダーラインは前の持ち主がひいたもの。他にもアンダーラインは「芸術と芸術家」というところにも引かれていた。中古で買うとこう言う楽しさがあっていいね!!