ICU国際基督教大学高等学校に田中美登里さんと一緒にお邪魔してきました

最近みかけるこの素敵なお花。紫陽花の一種みたいですね。いつも白しか見ないけど、白しかないんでしょうか。

さてさて、もうなんだか真夏日の東京ですが 久しぶりのICU-HIGH国際基督教大学高等学校にうかがってきました。朝、いわゆる「人流」にのって学校へ。普通の人はこんなに朝早くから活動しているんだ。みんな身なりがきちんとしているなぁと感心しながら、それでもそれほど混み混みの電車を体験することなく武蔵野へ。今年はTOKYO FMの田中美登里さんと一緒です。この講座は、今までは自分だけでやったり、アルテスパブリッシングの鈴木茂さんやカメラマンの畔柳ゆきさん、通訳の染谷和美さん、うちのアーティストのぺッテリ・サリオラ、そしてなんとノンフィクション・ライターの角幡唯介さん、川口有緒さんにも登場いただき「好きなことを仕事にする」「音楽の仕事をする」というテーマでやってきたわけですが、今年はほんとうに久々の参加になりました。

というのも昨年はコロナで、企画自体が飛んでしまったし、その前はサラーム海上さんをブッキングしていたのに、自分が緊急検査入院で「ごめん、サラームさん、一人で行ってー」とお願いしてしまったので、私がキャンパスにうかがうのは超久しぶりということになります。久々のICU-HIGHは、緑があいかわらず綺麗で、玄関のところがリニューアルされて綺麗になっており、あいかわらず素敵でした。

訪問する2週間前からしっかり保健の先生に渡された体調管理表と検温の紙を提出。教室は広い会議室で、ソーシャルディスタンスをとって行われました。生徒さん40人くらいが参加してくれて、いつもだいたい私の講座は女子が多いのだけど、今回は男女半々だったかな… 皆さん、とってもかしこそう(笑)そんな雰囲気の中でスタートしました。

今、それこそICUの大学の方からアナウンサーやTV局、ラジオ局に勤める人は多いと思うんです。だけど田中美登里さんのように自分の表現したちことがあり、信念をつらぬいて30年も同じ番組を続けて、きっちりと伝える仕事をしている人は本当に少ないです。いや、誰もいないんじゃないかな。それは本当に素晴らしいと思います。私はキングレコードに勤務していた89年くらいからずっとこの番組のお世話になっており、今もウチのアーティストが来日するたびに番組にお邪魔しているんです。

でもなかなか美登里さんの、こういうお話をゆっくり伺う機会ってなかったので、今回の講座、個人的にもとても楽しみにしておりました。

なんとびっくり偶然なのですが、美登里さんは、学生時代ICUのキャンパスにしばらく通っていたことがあったのだそうです。それは藝大の楽理科に入学するため、教わっていた先生がICUのキャンパス内に住んでいたからだそう。美登里さんは5歳からピアノを学び、音楽が大好きな少女だったとのことで、好きだったアーティストはなんとエルトン・ジョン! 確かにエルトンってポップスにしてはコードも展開も複雑だしクラシックとか好きな人にも響くし、わかるなぁ、という感じです。そして60年代だったのですが、電話が当時は高かったので、四国に住んでいた美登里さんは「声のたより」といって、東京のおじいちゃんおばあちゃんに自分の声を録音したテープを送ってやりとりしていたのだそうです。それは例えばおじいちゃんの方はご自身の尺八の演奏や、百人一首を詠んだりしたものを、美登里さんはピアノの演奏を録音したりしたものを文通みたいにして送りあっていたそうですから、そんなところにも、すでに今のお仕事へ続く片鱗が感じられて、すごいなぁ、と思いました。素敵!

実際、美登里さんは、クラシック音楽も洋楽もみんなラジオから知ったそうで、美登里さんにとってラジオはまさに「世界へ開いた窓」だったのだそうです。

そして藝大で出会った小泉文夫先生の話、ブルガリアンヴォイスを聞いて「こんな和声があるんだ!」「音がぶつかっているのに、なんか好き!」とびっくりしたお話など、実際に音楽を紹介しながら生徒さんたちにご紹介いただきました。

生徒さんたちにまずはブルガリアだって言わないで「この音楽どこの音楽だと思う?」と聞いたら「海っぽい」って答えてた子がいておもしろかったです。確かにブルガリアン・ヴォイスって、独特の「うねり」もあって、それが波にように感じされることあるかもしれない。なんだろう太古の人類からつながっている、お母さんのお腹の中の羊水の中で泳いでいる感じか? そんなことを考えたりしながら講義はすすみます。

なお今回の講座は「音楽関係の仕事」ということで、お話しているわけだけど、自分がミュージシャンになったり表現者になることの他にも、例えばエンジニアやコンサートの照明さん、野崎みたいな仕事もあるし… みたいな中で、ちなみに今の藝大には「音楽環境創造科」というものもあり、そこでマネジメントや音楽の周辺の仕事を教える学科もできているんですよ、というお話もうかがいました。

美登里さんがTOKYO FMに入ったのは1979年。なんとそれは最初に女性がニュースを読んだ年。それまで女性はニュースを読ませてもらえなかった。当時女性アナウンサーはいわゆるトピックス的なものや、天気予報くらいしか読めなかったそうで、またレコード会社なども4年生の大学を出ても採用の枠がないという環境だったそうです。一方で、80年代に入ると、アナウンサーも大学の放送研究会みたいなところやミスコンから入る人も出てきたそうで、また別の時代の到来と言った感じだったのかもしれませんね。

美登里さんは最初報道部所属だったのですが、空いている深夜の枠で『民族音楽を訪ねて』という番組を作ります。これが月〜金の帯で8年間続き、そして10年目にして制作へ移動、今の『トランスワールドミュージック・ウェイズ』の30年に続くわけだから、すごい。『民族音楽を訪ねて』の時は1週間1テーマだったそうですから8年間、これだけでも合計400テーマを紹介してきたことになります。ただこの番組のことはまだまだ放送局がアーカイヴ化に積極的ではなく、残念なことにほとんど当時の記録が残っていない、とのこと。(もっとも当時残そうと思ったら、テープの量も大変な量になっちゃいますもんね)で、逆にゲストに来たかたがご自身の記録してもらっていらしゃるものや、リスナーの方が録音したテープを持っていたりすることで、多少拾える程度のようです。

また初期の取材について、いわゆる重い、肩に食い込む(笑)、15分しか録音できないデンスケ…電スケ?(笑)から、DATで録音するようになるまで等、本当に興味深いお話をたくさん聞かせていただきました。でもラジオだと照明もカメラもなく「音だけ」で良いから、取材は小回りが効く、というお話でもありました。グループを追いかけてヨーロッパ取材に行かれたお話などもありました。

また講座では番組にゲストで来られた方の興味深い方たちの音源やゲスト出演した時の生ライブなど貴重な録音もいくつか聞かせていただきました。その中で、この人、全然知らなかったけど、おもしろいーーーー 岡大介さん。カンカラ演歌師!! それにしてもこれを「アートにエールを!」に提出しちゃう岡さん、そして載せる東京都、素晴らしい!!! いや、こうでなくっちゃダメだよね! 


カンカラ三線も売ってるのを発見!! すごい!!


そしてもちろん美登里さんと仲良しのパスカルズも〜 こういう音楽を聞いて高校生は何を思うんだろう(笑)


美登里さんが常に意識してるテーマは「越境する」ということだそうです。つまりジャンルにとらわれず、固いことを考えず、どんどん枠をこえて新しいものをみつけていこう!と。

そして「音」で伝えていくということにこだわりたい、というお話もありました。「音を聞く」「音声で伝える」ということ。講座では美登里さんが作られた小冊子『平成好音一代女』という番組のアーカイヴ本に寄せられた大竹昭子さんの文章も紹介されました。美登里さんがマイクなしの生声で伝えてくださったので、私も文章を目で追いながらではなく、本を閉じて、じっとその声に耳をかたむけました。

「人の声には、その人がそこにいなくてもいるように感じさせるなにかがある。写真と比べるとよくわかるだろう。たとえばここに亡くなった人の写真があるとする。見れば、写した時の状況がさまざまとよみがえり、懐かしさに胸が熱くなるが、その人がそこにいるようには感じられない。むしろこの人はもういないのだという感悪の方が強まる」
「ところが、声がもたらすものは逆である。亡くなった人の声を録音で聴く時、その人がいまそこにいて声を発しているような錯覚に陥り、その人のいる時空と一体化してしまう。その力は遅っ露しいほど強い」
(大竹昭子さん:『平成好音一代女』によせられたエッセイ「声の反乱」より)

なんかこのレポートを書いていても、私もすぐ文字にしたりしちゃうから、それはそれでダメなんだよなぁと思ったりしました。たとえば講座中も、アシスタント的役割を担うものとして、例えば美登里さんの説明したキーワード(例えばアーティスト名とか、小泉先生の名前とか)黒板に書いていったりしましたが、そうじゃなくて音声で覚えておくって大事かもです。
美登里さんが音、ラジオにこだわるのもわかる気がしますね。

ちなみにこの番組の歴史をまとめた小冊子『平成好音一代女』は、こちらにメールいただければ美登里さん自ら送るのを手配してくださるそうです。興味持たれた方は、ぜひ。

そしてちょっとこれは興味深かったのは「滑舌をよくするにはどうしたらいいか」という私のバカな質問に、美登里さんとしては特に答えはないそうで、これは講座の中ではなく帰り道にうかがったお話なのでこちらに書いてもしまうのもどうかと思いつつ… ご紹介すると実はTOKYO FM時代、NHKの元アナウンサーをやってたおじいちゃんが来て、あれこれ講義をしてくれたりしたそうなんです。でも「それがいかにもって感じでね…」どうやらあまり心には残っていらっしゃらないご様子(笑)。また逆に「“はい、トランスワールドミュージックウェイズです!”とかあまり声を貼って張り切ってもダメよねぇ、もっとクールにやりたいわよねぇ」とかおっしゃってたのもなんか印象的でした。多くの人が「羨ましい」と思うことでも、当のご本人はそんな風に思ってはいらっしゃらないのかもしれません。

それにしても楽しかった。この講座、高校生の皆さんにどこまで通じたかわかりませんが、でもいつもこういう場で話して思うことは「楽しそうに仕事している大人がいる」ってのはわかってもらえたかなぁ、ということです。

私が子供のころなんて、知っている大人は親と親戚と学校の先生くらい。誰も楽しそうに仕事してる人はいませんでした。だから子供のころ、ずっと仕事はつらく我慢してやるもんだと思ってた。でもそうじゃない(笑)

それにこれからの時代はもっと自由になるんじゃないのかなとも思う。がんばれ、高校生! 貴重なあなたたちの高校生活の、もしかしたら半分以上コロナに邪魔されちゃったかもしれないけれど…  君たちが将来何かを思った時、この講座の片鱗を思い出してもらえますように! 

本当に美登里さん、貴重なお話をありがとうございました。

なおお話の内容は私があくまで聞き取ってメモったことをベースにしています。何か誤解やちゃんと理解できていないことがあるかも。とにかく文責は野崎ということで。

 

PS
『平成音楽史』はここに私の感想も載せています。

PPS 
美登里さんの番組、今週はなんと永田音響の豊田さんだよ! 来週も後半を放送なんだって。楽しみ!!