こりわっ!(笑)
事件は事件前後が面白いと思う。ニュースになることなんて、ほんの切り取りでしかない。
事件が決着したとしても本人は生き続けているわけで、加えて事件が起こる前は赤ん坊としてこの世に多くの人が同じように生まれてきて、そこではほぼ違いはないのに、ある人は人生につまづいて犯罪者になる。
その違いはなんだろう、という疑問は常につきまとう。そして、やっぱり死ぬまで人生というのはジャッジできないよなぁと思う。
奇抜なエンディングと言うわけでもない。ある意味、想像の範囲内ではあるが、内容がとてもリアルだ。新聞記者の取材だから、週刊誌みたいな強引な取材があるわけでもない。なにせ朝日新聞で連載していたくらいだから。
タイトルもすごくいいなぁと思ったけれど、どうやらこれは連載時にもこのタイトルだったよ様子。連載記事は、今でも朝日新聞のデジタルで、その一部が読める。本作は、その連載に加筆して編集されたとのこと。
この本、タイトルや装丁のポップさと比べると、すごく地に足のついた真面目なノン・フィクションだと思う。さすが朝日新聞だな…。
でもこうやって事件のその後を知るのはすごく意味があることだと思う。事件なんて、ほんとある意味、人の長い人生においては一瞬なのだから。
前半は、ひたすら夫の独白から始まる。それも相当面白いのだけど、まぁ、一方的な話だからね。それでも、この男がなんでこんなことしちゃったのかが、手に取るようにわかる気がする。
なんというか、口語体だから、するする読めちゃうんだけど、よくよく聞けば、彼の話には小さな違和感がたくさんある。
例えば「働かざる者食うべからずと思って、いまは一日一食、夕飯だけ食べる生活です」とか。うーん、そういうことではないだろう…と思うんだけど(笑)。
そういう違和感はそこここにある。そして、さらに面白いのは後半。後半、話はかなりドライブしていく。千田元受刑者の一方的な話を裏付ける、あらゆる裏付け、そしてしたたかなアニータさんの生き様と、その周辺取材だ。
著者はアニータさんをチリに訪ねていく。行く前から取材のアポも取れないままなのだけど、理解ある上司や同僚に背中を押され…
結論をバラしてしまうと、著者は結局アニータさんに会うことはできなかった。でもこの周辺取材と三つの質問に答える彼女の回答で、かなり彼女の、その具体的な人の様子がつかめた気がした。(この辺はさすが新聞記者。プロの仕事だ!…と妙に感動する)
こういう、ある意味生活が苦しい国での、妙にしたたかで、家族(もしくは自分が家族と判断した人)のためなら、絶対に負けない強気の女の人、実際に良く存在しているようにも思う。日本国内でも貧乏なんだけど、やたら強気のお母さん…とか。
生活が不安定なのに、子供もたくさんいて、しかも年老いた母親もいて、そんなふうに守るものが多ければ、こうなるわな…と。
「アニータをどうとらえるかで、自分の価値観があぶり出される」という三浦さんの言葉が、まさにそれを的確に表している。本当にそうだ。アニータみたいな人が近くにいたら、私はどう行動するだろうか。
それにしても…。それにしても、だ。事件って初めて事件になって分かる気がしているけれど、本当はそれが起こる「前兆」というか「予感」や、「これはいかんだろう」みたいな空気は、もうそこここにたくさん転がっている。本人たちは全く気づいていないのだが。
こうなるというのが必然だった…とでも言うような。ただ実際に事件になるまで、誰もがそれを見ないようにしているだけで…。
この千田という男も、本当に情けないのだが、いったいこんな金額を横領していおいて、どう落とし前をつける気だったんだろうと思う。
これ『ケーキを切れない非行少年たち』を思い出すな。あの本の著者にこの本を読ませたら、具体的な彼の問題が浮き彫りになるかもしれない。やっぱり何かがおかしい。
もちろん将棋が得意とか、歌が上手いとか、単に『ケーキ』本にあるような「(簡単に言ってしまえば)頭が悪いから未来が予測できない」と言うことでもないと思う。なんというかな… ちょっとした違和感なんだよな。ちょっとした…。
それに彼の横領はアニータに出会う前から始まっていた。それでもやはり彼の言い分を聞けば「彼女を助けるため」「愛とも違う」。何かがおかしくないか? マッチョな男性の勘違い…というか。そこも含めて、なんかすごい違和感。
きっとこの元受刑者も、「ケーキ本」にあるようなそういう社会生活がまともに営める層の、いわゆる限界の位置に存在していたのかもしれない。いや、そんなふうに片付けていいんだろうか。わからない。
それにしても服役を終えて新しい生活を営むための努力がうまく実を結ばないのは、かなり気の毒にも思った。
そもそも彼は経理のエキスパートだったわけだけど、今の経理は当時の経理とだいぶ違う。得意なことをうまく活かせないし、また(彼いわく)あらぬ疑惑もかけられて… 人に利用されになったり。
こういうタイプの人は、上手く彼を使いこなせる会社や上司でもいれば、いい感じに更生の道を進めたのにとも思ったりもする。いや、そんな簡単なことではないな。もっと根本からの考え方の舵取りをしないと…とも思う。
しかし刑務所では、千田元受刑者は、模範的な受刑者だったらしい。
そしてユルユルだったという、こんなに大金の着服を許してしまう、この青森住宅供給公社という公の組織のユルさ。これも…なんだか目が当てられないが、分かるような気がする。
同じこと二度言うけど、これはもうなるべくしてなったとしか言いようがない。ただ、ほんと事件になるまで、みんなが目をつぶっていた…そういうことなんだろう。
先日も『未解決事件』というNHKのドキュメンタリーで地面師の話題をやっていたのを見たけど、あれは非常に面白かった。なんというか、事件って、事件になる前の、小さな予兆はいくらでもある。
ただ実際の事件にならないと、正常バイアスが働くのか、みんな危機を感じない。本当にやばい。っていうか、自分の周りでもそういうことはいくらでもあるに違いない。
最後のページには質問に答えるアニータの音声や、千田元受刑者のインタビュー動画へのリンクが貼ってある。そちらもぜひ。
プチ鹿島さんのラジオに出た著者のお話を見つけた。なんとポリタスでも出演されている宮崎園子さんと同期だという。いいなぁ、大きい会社の同期(笑)
◎ピーター・バラカンさんの音楽映画祭の応援団やってました! 上映されたドーナル・ラニーのドキュメンタリー『In Time』。自分の感想。出てきたアーティストの紹介は…Frank Harte / Zoe Conway / Méabh Ní Bheaglaioch / Seosamh Mac Grianna / Liam Bradley / Pauline Scanlon。また関連楽曲を集めたプレイリストを作りました。楽曲解説も書いたよ。
◎そのピーターさん、音楽映画の本が発売になり、こちらに詳細を載せました。
◎よく聞かれるので、ここに載せておこう。最近観た中でベストな映画はこれ。ベストな本はこれです。
◎ノルウェーのフォルデ・フェスティバルに行ってきました。そのフォルデのレポートをONTOMO Webに載せていただきました。Tower Records MIKIKIにも。ありがとうございます。
◎アイルランドでメアリー・ブラックのラストコンサートを見てきました。レポートはこちら。セットリストをプレイリストにしました。
◎アイルランドでポール・ブレイディの3夜連続公演を見ました。レポートはこちら。最終日の様子はここ。セットリストをプレイリストにしました。
◎現在CDの販売は終了してますが、書籍はあいかわらず販売中。アイルランド名盤ガイド。楽曲への配信のリンク(Spotify)や、来日時のインタビュー、エッセイなど充実の内容。ポール・ブレイディ、メアリー・ブラック、マーティン・ヘイズ&デニス・カヒルの3冊です。こちらへどうぞ。
◎神保町すずらん通りのパサージュにてケルト書房という棚を運営しております。ケルト関係の書籍や友人の書籍などを販売中。こちらへどうぞ。
◎最近、こんな応援記事を書きました。ぺッテリ・サリオラの来日記念盤@Intoxicate◎ケルティッククリスマス2026、発表になりました。今年はアルタンとソーラスが来日。詳細は公式サイトへ。
